2021年 01月 18日
生活のすべてで神に栄光を帰す |
井ノ川先生の説教を通して強く残ったことは、私の場合、
「私たちの生き方、生きる姿勢を通して、ああ、ここに主イエス・キリストが生きておられることを証しして行くのです。」の一文に集約される。
それで、日曜日の朝
「神よ
あなた御自身が わたしのすべての愛、わたしのすべての望み、
わたしのすべての志となってください。
わたしの思いと行いとがあなたより来たり
日々の生活があなたのうちにあり、
わたしの呼吸のすべてがあなたのためのものとなりますように。
アーメン」 (ヨアネス・カッシアヌスの祈り)
と祈ってから教会へ行った。
大澤先生の説教「見えないものを見るまなざし」(コリントⅡ4:16-18)で強く残ったことは
「「内なる人=新しい人=霊の人」(つまりキリスト者)の目標は「神に栄光を帰す」ことです。」
「キリスト者は一挙手一投足のすべてで神に栄光を帰する、神様がほめたたえられようにするのです。」
ここでちょっとみんなで笑ってしまった。
「どうやったら私たちの飲み食いによって神に栄光を帰すことができるのだろうか?
神様がほめたたえられるようなご飯の食べ方、みそ汁の飲み方…」とおっしゃったので。
「肉体の配慮においても、私たちは、神の栄光を現す土の器として、新しい人として存在しているのです。」
「礼拝のための奉仕は第一の奉仕だが、家庭で行われるすべての営みも神への献身においてなされる奉仕。」
「神様が必ず良いものへと変えて完成してくださる。」
私の1月1日からの祈りはこれまでと違う。
一番最初に神様をほめたたえる。
次に罪を悔い改める。
世界のために祈る。
親族のために祈る。
教友のために祈る。
友人のために祈る。
牧師のために祈る。
夫と私のために祈る。
最後に栄光を神に帰す。
そしてアーメン。
「神に栄光を帰す」ということを祈りつつ毎日考えていたので、日曜日の説教はとてもうれしい説教であった。
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by pompom518
| 2021-01-18 22:49
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